生前に動いた資金がこの4つのどれに当たるかは、税法の前にまず民法(私法)上の事実認定の問題です。各類型の民法上の定義・成立要件を押さえておくことが、税務調査で別の構成を持ち出されたときの対抗力になります。
被相続人から相続人などへ生前にお金が動いていたとき、その一回の資金移動は、贈与とも貸付金とも預け金とも名義預金とも構成され得ます。どれに当たるかで、贈与税の対象になるのか、相続財産に計上するのか、それとも何も起きていないのかが変わります。
この判定は、税法の条文を読む前に決着がついています。4類型のどれに当たるかは、民法上どの契約(法律関係)が成立していたかという事実認定の問題だからです。このページでは、まず判定の全体像と税法上の帰結を整理し、各タブで4類型それぞれの民法上の性質と税法上の取り扱いを詳しく解説します。
事実関係(私法上の法律関係)の確定が先、税法の当てはめは後。相続税法・贈与税の課税要件は「贈与により取得した」「貸付金債権」のように民法上の概念を前提に組み立てられており、まず民法上どの契約が成立していたかが決まらないと、税法の適用そのものができません。
税法が「贈与」「消費貸借」「寄託」といった私法上の概念を定義なしに用いている場合、原則として私法上の意義と同じ意味に解するのが確立した考え方です(借用概念論)。最高裁は、相続税法上の「住所」について民法上の「生活の本拠」と同義に解し、贈与税回避の目的があっても客観的な生活の実体で判断すべきであり、租税回避への対処は立法によって行うべきだと判示しています(最高裁平成23年2月18日判決・集民236号71頁、いわゆる武富士事件)。所得税法上の「利益配当」を商法上の観念と同一に解した判例もあります(最高裁昭和35年10月7日判決・民集14巻12号2420頁)。
もう一つ重要なのは、課税庁にも納税者にも、実際に成立した法律関係を税負担の観点から都合よく読み替える権限はないということです。当事者が選択した法形式を、法律の根拠なしに「通常用いられる法形式」に引き直して課税することは許されないとした裁判例があります(東京高裁平成11年6月21日判決・訟務月報47巻1号184頁、いわゆる岩瀬事件)。
実務でつまずく典型は、税額の帰結から逆算してしまうことです。「贈与なら時効だから贈与で行こう」と先に決めて事実を集めると、反対の構成を出されたときに備えがありません。当時の当事者の意思と行動から民法上の法律関係を確定し、その帰結として税額が決まる、という順序で組み立てるのが正攻法です。これは当局側にも同じように働く理屈であり、当局が税収の観点から法律関係を読み替えることも許されないのですから、民法上の整理を固めておくことがそのまま対抗力になります。
民法549条の契約。「あげる」と「もらう」の意思の合致(受諾)が成立要件。財産の処分権が終局的に相手へ移転します。
金銭消費貸借(民法587条)。本質は「返還の合意」。被相続人の貸付金債権として相続財産に計上されます。
寄託・消費寄託(民法657条・666条)や金銭管理の準委任。保管を委ねただけで処分権は移転せず、返還請求権が相続財産になります。
契約が何も成立していない状態。名義だけが他人で、財産の帰属は被相続人のまま。預金そのものが相続財産になります。
| 類型 | 民法上の性質 | 成立要件の核心 | 税法上の帰結 |
|---|---|---|---|
| 贈与 | 贈与契約(民法549条) | 双方の意思の合致(受諾)。書面によらない場合は履行で確定 | 受贈者に贈与税。除斥期間は申告期限から6年(不正の場合7年)。相続開始前一定期間内の贈与は生前贈与加算 |
| 貸付金 | 金銭消費貸借(民法587条・587条の2) | 返還の合意 | 貸付金債権(元本+既経過利息)が被相続人の相続財産。借りた側に贈与税はかからない |
| 預け金 | 寄託・消費寄託(民法657条・666条)、準委任(民法656条) | 保管・管理の委託。返還が前提で処分権は移転しない | 返還請求権(金銭債権)が被相続人の相続財産 |
| 名義預金 | 契約の不存在(贈与不成立) | 意思の合致なし・支配の移転なし | 名義にかかわらず預金そのものが被相続人の相続財産。期間の制限なし |
4類型のうち、貸付金・預け金・名義預金の3つは、いずれも「被相続人の相続財産に入る」という同じ結論になります(入る中身が債権か預金そのものかの違いだけ)。相続財産から外れるのは「贈与が成立しており、かつ生前贈与加算の期間より前」の場合だけです。相続税を課税したい当局側から見ると3つの構成はどれでも同じゴールに着くのに対し、納税者側が争えるルートは1本しかない、という非対称な構造をまず押さえておく必要があります。
民法上の契約類型への当てはめは、次の順で分岐させると整理しやすくなります。
移転していない(名義だけが他人・通帳や印鑑は被相続人が管理・名義人は口座の存在すら知らない)→ 名義預金。被相続人の財産のままであり、以降の分岐を検討する必要はありません。
同種・同量を返す約束があった → 貸付金(金銭消費貸借)。契約書がなくても返還の合意が認定できれば成立します。
被相続人のために管理する前提で渡された → 預け金(寄託・準委任)。渡した側に返還請求権が残ります。
「あげる」「もらう」が揃っていた → 贈与。揃っていなければ、結局は名義預金・預け金の側に戻ります。
実際の裁決・裁判例は、この分岐を一つずつ順番に判定するのではなく、出捐者・管理運用の状況・利益の帰属・当事者の関係・名義取得の経緯といった間接事実を総合考慮して帰属を判定する形をとることが多くあります(名義預金タブで詳述)。ただ、頭の中の整理としては上のフローで考えると、どの事実がどの分岐に効くのかが見えやすくなります。
贈与税の更正・決定ができる期間(除斥期間)は、申告期限から6年、偽りその他不正の行為があった場合は7年です(相続税法37条1項・4項)。そこで「7年以上前の資金移動だからもう安全」という理解が生まれがちですが、これは半分しか合っていません。整理すると次の三分岐になります。
| 状況 | 帰結 |
|---|---|
| 贈与が成立しており、生前贈与加算の期間より前の贈与 | 贈与税は除斥期間経過により課税されず、相続財産にも加算されない |
| 贈与が成立しており、相続開始前の加算期間内の贈与 | 生前贈与加算により相続税の課税価格に加算(相続税法19条) |
| そもそも贈与が成立していない | 名義預金・預け金・貸付金として被相続人の相続財産になる。除斥期間は無関係 |
3番目は時効の問題ではなく、財産が誰に帰属しているかという問題です。贈与が成立していなければ「贈与による財産の取得」自体が存在せず、除斥期間の起算点もありません。財産は何十年経っても被相続人のものであり、相続開始時にそのまま相続財産になります。したがって税務調査で実際に争われるのは、ほぼ常に「贈与が成立していたかどうか」=民法549条の意思の合致の有無です。
| 項目 | 根拠 | 期間 |
|---|---|---|
| 贈与税の除斥期間 | 相続税法37条1項 | 申告期限から6年 |
| 同(偽りその他不正の行為があった場合) | 相続税法37条4項 | 7年 |
| 相続税の除斥期間 | 国税通則法70条1項 | 法定申告期限から5年 |
| 同(偽りその他不正の行為があった場合) | 国税通則法70条5項1号 | 7年 |
| 生前贈与加算 | 相続税法19条 | 相続開始前7年以内(経過措置あり・下記) |
贈与税の除斥期間が経過した古い資金移動について、当局が課税に結びつける唯一の道筋は、「贈与は成立していない → 財産はなお被相続人に帰属 → 相続財産」という構成です。名義預金・預け金・貸付金のどの形をとるかは事案次第ですが、ゴールはすべて相続財産への取り込みです。実例も双方向に存在します。
被相続人が生前一切回収していなかった子らに対する金銭債権(資金の不正使用による返還請求権)について、相続財産としての課税が維持された裁判例があります(東京高裁平成23年11月30日判決・税務訴訟資料261号順号11821)。納税者側の「黙示の贈与・免除があった」「相続人が債務者だから混同で消滅する」「回収不能だから価値がない」という主張はすべて排斥されました。
当局が「贈与その他の債権債務関係は認められないから預け金返還請求権が相続財産」と構成した事案で、審判所が過去の時点での贈与の成立を認定し、預け金返還請求権は存在はおろか発生していたとすらいえない、として処分を全部取り消した裁決があります(平成30年8月22日裁決・裁決事例集No.112)。贈与の時期は相続開始の8年以上前で、贈与税の除斥期間は経過済みでした。
課税要件事実の立証責任は、原則として課税庁側にあります(最高裁昭和38年3月3日判決・訟務月報9巻5号668頁の法理)。名義預金・預け金・貸付金の構成を採るなら、「その財産が相続開始時に被相続人に帰属していたこと」を当局側が立証しなければなりません。実際に、課税庁が管理状況・出捐について具体的な主張立証をしなかったため、帰属不明として課税処分が全部取り消された裁決があります(平成25年12月10日裁決・裁決事例集No.93)。
もっとも実務上は、原資が被相続人から出ていること(出捐)と、管理も被相続人がしていたことの2点を当局が押さえると、事実上の推定が働き、贈与の成立(帰属の移転)を裏付ける事実は納税者側が示さないと覆せない状態になります。「答述しかなく裏付ける証拠が存在しない」として納税者の主張が退けられた裁決もあります(平成31年4月19日裁決)。記録を残していない側が不利になる、というのが実戦の姿です。
被相続人の口座から出金された現金は、次の2段階で整理します。
資金を渡した当時の意思、誰が何と言って渡したか、受け取った側が何と応じたか。資金の実際の使途、口座の種別、通帳・印鑑の管理者、返済の有無。自分が持っていきたい方向の質問だけにならないよう注意します。
集めた間接事実が、どの分岐でどちらの方向に効くのかを整理します。発言と実態が食い違う場合は、実態に基づいて判断される前提で検討します。
贈与・貸付金・預け金・名義預金それぞれで税額を出し、使える控除を織り込んで比較します。差額が小さければ、リスクを取る意味自体が薄くなります。
どの性質で主張するにしても、根拠となる発言・資料を残しておかなければ調査の場で争えません。当局がどの構成で来ても答えられる状態を作ることが目標です。
争いの土俵は、税法の条文解釈ではなく「民法549条の意思の合致があったか」という事実認定です。立証責任は形式上課税庁側にありますが、同時代の証拠づくり(契約書・通帳の管理・申告)が事実上の勝敗を決めます。各タブで、4類型それぞれの民法上の性質と税法上の取り扱いを詳しく確認してください。
贈与は、4類型の中で唯一「財産が相手のものになる」類型です。成立していれば財産は受贈者に帰属し、相続財産から外れます(生前贈与加算の期間内を除く)。だからこそ税務調査では、贈与の成立そのものが最大の争点になります。ここでは民法上の成立要件を正確に押さえた上で、税法上の取り扱いを整理します。
贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
民法549条
条文が示すとおり、贈与は契約です。「あげる」という贈与者の意思表示だけでは足りず、「もらう」という受贈者の受諾(意思の合致)があって初めて成立します。契約書も引渡しも成立要件ではありません(不要式・諾成)。この構造から、実務上決定的に重要な帰結が2つ出てきます。
平成29年の民法改正(令和2年4月1日施行)で、条文の「自己の財産」が「ある財産」に改められ、他人の物の贈与も贈与契約に含まれることが明文化されました。相続実務で引用する裁決には改正前の条文を前提にしたものがありますが、意思の合致が成立要件であるという構造は変わっていません。
書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。
民法550条
口約束の贈与は、履行が終わるまで、どちらの側からでも解除できます(平成29年改正前は「撤回」という用語でしたが実質は同じです)。裏を返せば、履行が終わった部分は誰も解除できず、財産の移転が確定します。
贈与契約書を作る意味は、(1)意思の合致を同時代の証拠として固定できる、(2)成立時期を契約の効力発生時に確定できる、(3)民法550条の解除リスクが消える、の3点です。税務上の「証拠づくり」である前に、民法上の効果そのものが変わります。
| 類型 | 民法 | 内容 | 税法上の扱い |
|---|---|---|---|
| 定期贈与 | 552条 | 定期の給付を目的とする贈与。当事者の死亡で効力を失う | 「毎年110万円を10年間」とまとめて約束すると、定期金給付契約に基づく権利の贈与として初年度に一括課税されるリスクが指摘される。毎年その都度、個別に意思の合致をさせるのが実務の定石 |
| 負担付贈与 | 553条 | 受贈者に一定の負担を課す贈与。性質に反しない限り双務契約の規定を準用 | 負担額を控除した価額が贈与税の課税価格(相続税法基本通達21の2-4) |
| 死因贈与 | 554条 | 贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与。遺贈の規定を準用 | 贈与税ではなく相続税の対象(相基通1の3・1の4共-2が死因贈与を「遺贈」に含めて扱う) |
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
民法3条の2(平成29年改正で明文化・令和2年4月1日施行。それ以前も判例法理として同じ)
贈与の意思表示をした時に意思能力を欠いていれば、その贈与は無効です。無効であれば財産は移転しておらず、当該財産は被相続人の相続財産のままとなります。意思能力は「行為の時」に「その行為との関係で」個別に判定されるもので、認知症の診断があれば直ちに無効というものではありません。医療記録、要介護認定、行為の複雑さ、公証人・立会人の関与などを総合して判断されます。
相続税調査では、被相続人の判断能力が低下した後の日付の贈与契約書は、日付の信憑性と意思能力の両面から否認リスクが高くなります。逆に、相続人側から贈与の無効を主張して財産を相続財産に戻す場面もあります。
受贈者が乳幼児や成年被後見人で、自分では「もらう」と言えない場合でも、法定代理人が受諾すれば贈与は有効に成立します。親権者は民法824条により、成年後見人は民法859条により、本人の財産に関する法律行為について本人を代表するからです。
被相続人が「毎年一定額を子らに贈与する」旨の贈与証(受贈者の署名押印なし)を作成し、10年以上にわたり子ら名義の口座へ入金していた事案で、審判所は次のとおり判断しました。
贈与の成否が「書面の有無」ではなく「受諾と支配の移転」で決まることを、一つの事案の中で両方向に示した好例です。なお、調査段階で「贈与を受けたことはない」と述べた後、審査請求段階で「毎年電話で受諾していた」へ説明が変遷した点は、不自然として排斥されています。説明の一貫性それ自体が証拠評価に直結します。
成年後見人が関わる場合の注意。後見人が被後見人の「受け取る側」の代理をすること(被後見人への贈与の受諾)は可能ですが、後見人が被後見人の財産を「あげる側」として処分することは、本人の財産保護義務に反し原則として許されません。同じ「後見人と贈与」でも方向によって全く扱いが異なります。また、親権者が自分から子への贈与を子を代理して受諾することは、子が利益を受けるだけの負担のない贈与であれば利益相反行為に当たらないとするのが実務の一般的理解です。
第五条から前条まで及び次節に規定する場合を除くほか、対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合においては、当該利益を受けた時において、当該利益を受けた者が、当該利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額を当該利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなす。(後段・ただし書省略)
相続税法9条
9条は、民法上の贈与契約が成立していなくても、実質的にみて贈与と同様の経済的利益の移転があれば課税する包括的な補完規定です。裁判例はその趣旨を「贈与契約の履行により取得したものとはいえないが、実質的にみて、贈与があったのと同様の経済的利益の移転の事実がある場合に、租税回避行為を防止するため、税負担の公平の見地から課税することとしたもの」と説明しています(東京高裁平成27年4月22日判決・税務訴訟資料265号所収)。「利益を受けた」とは、おおむね財産の増加または債務の減少をいいます(相基通9-1)。
「贈与契約が不成立なら9条でみなし贈与課税される」わけではありません。9条も経済的利益の移転があったことが前提です。名義だけが動いて実質が動いていない名義預金には、9条の適用場面もありません。名義預金の帰結は「贈与税課税」ではなく「帰属変わらず → 被相続人の相続財産」です。この違いが、除斥期間の有無という決定的な差につながります。
相続税法基本通達9-9は、「不動産、株式等」について、対価の授受なく名義変更があった場合や他の者の名義で新たに取得した場合を原則として贈与として取り扱うと定めています。ここで重要なのは、通達の文言に預貯金が挙げられていないことです。実務上、この通達は登記・登録・株主名簿のような公示制度のある財産を念頭に置いたものと理解されています。
この非対称は、家族名義預金がなぜ「原則として贈与」と扱われないのかという疑問への、通達レベルでの答えになっています。あわせて、過誤・軽率で他人名義にしてしまった場合に、贈与税の課税が行われる前に名義を戻せば贈与がなかったものとして扱う救済通達(昭和39年直審(資)22「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」)も存在します。この救済は課税前に限られるため、「名義を戻すなら課税される前に」が鉄則です。
詳細は貸付金タブで扱いますが、通達の構造だけ確認しておきます。相基通9-10は、親子・夫婦・祖父母と孫など特殊関係者間で無利子の金銭の貸与等があった場合、(1)まずそれが事実上の贈与であるのに貸与の形式をとったものでないかを念査し、(2)真実の貸与であっても無利子部分の利益は9条のみなし贈与として扱う(ただし少額または課税上弊害がない場合は強いて課税しない)、という二段構えです。
扶養義務者相互間の生活費・教育費の贈与の非課税(相続税法21条の3第1項2号)は、通達により「生活費又は教育費として必要な都度直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産」に限られます(相基通21の3-5)。数年分をまとめて渡し、預貯金として残っている部分や株式・家屋の購入に充てられた部分は非課税になりません(国税庁「扶養義務者から生活費又は教育費の贈与を受けた場合の贈与税に関するQ&A」Q1-3)。「生活費だから非課税」という説明は、一括交付では通りません。
贈与者だけが作った「贈与証」では、受諾の証拠になりません。受贈者(未成年者なら法定代理人)の署名押印まで揃えます。
通帳・印鑑・キャッシュカードは受贈者自身が保管し、届出印は被相続人の口座と別のものにします。ここが名義預金との分水嶺です。
受贈者による費消・運用の実績は、支配が移転したことの何よりの証拠になります。
申告は贈与成立の有力な間接事実です(ただし申告がないこと自体は決定打にはなりません)。基礎控除内で申告不要だった場合は、その事情を説明できるようにしておきます。
貸付金(金銭消費貸借)の本質は、たった一つ、「返還の合意」です。これが認定されれば、渡した金銭は被相続人の貸付金債権として相続財産に入り、借りた側に贈与税はかかりません。逆にこれが認定できなければ、消費貸借は成立せず、贈与か預け金かの判定に移ります。親族間では契約書がないのが普通であるだけに、認定は間接事実の総合判断になります。
消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
民法587条
民法587条・587条の2は、いずれも「返還をすることを約し」を成立要件に明記しています。金銭が動いた事実だけでは貸付金にも贈与にもならず、返還の合意があったかどうかという事実認定がすべての分岐点になります。無利息・期限なし・契約書なしは、それぞれ単独では決め手にならない、という点が出発点です。
被相続人が相続人(子)に対して有していた金銭債権(資金の不正使用による返還請求権。貸付金契約に限らず金銭債権一般に妥当する判断です)について、相続人側は「相続により債権者と債務者が同一人になったから混同で消滅する」「回収不能で価値がない」「黙示の贈与・免除があった」と主張しましたが、裁判所はすべて排斥しました。混同による債権の消滅を定めるのは民法520条です。
生前に一切回収行為がされていなかった債権について、贈与税の課税がもはやできない時期に「贈与ではなく債権」という構成で相続財産に取り込まれた事案でもあり、当局側の構成が認められた代表例です。
夫と妻、親と子、祖父母と孫等特殊の関係がある者相互間で、無利子の金銭の貸与等があった場合には、それが事実上贈与であるのにかかわらず貸与の形式をとったものであるかどうかについて念査を要するのであるが、これらの特殊関係のある者間において、無償又は無利子で土地、家屋、金銭等の貸与があった場合には、法第9条に規定する利益を受けた場合に該当するものとして取り扱うものとする。ただし、その利益を受ける金額が少額である場合又は課税上弊害がないと認められる場合には、強いてこの取扱いをしなくても妨げないものとする。
相続税法基本通達9-10
この通達は二層に分けて読む必要があります。
国税庁タックスアンサーNo.4420も、「借入金の返済能力や返済状況などからみて真に金銭の貸借であると認められる場合には、借入金そのものは贈与にはなりません」とした上で、「実質的に贈与であるにもかかわらず形式上貸借としている場合や『ある時払いの催促なし』または『出世払い』というような貸借の場合には、借入金そのものが贈与として取り扱われます」と整理しています。
相続人ら(妻子)が自分たちの積立金を被相続人に交付し、被相続人の銀行借入の繰上返済に充てた事案。金銭消費貸借契約書はなく、返済方法・期限・利息の取り決めもなく、10年以上返済もされていませんでしたが、審判所は次の事情から贈与ではなく貸付けと認定しました。
「親子・夫婦間で書類が作成されず明示的取り決めがないことは不自然ではない」とも判示されており、書面・返済実績・利息という形式面だけで機械的に贈与へ倒す判断を、審判所自身が否定した例です。認定は資金の出所・経緯・当事者の経済的合理性まで含めた総合判断です。
逆方向の例もあります。父の口座から子の口座への資金移動について、当局が「消費貸借でも立替精算でもないから贈与だ」と課税したのに対し、審判所は消費貸借の成立は認めなかったものの、交通費等の支弁目的の資金と認められるから贈与と同様の経済的利益が生じていたとも認められない、として贈与認定を排斥しました(令和元年6月27日裁決)。「貸付でなければ贈与」という二分法そのものが誤りで、どちらでもない第三の性質(実費の支弁・立替の清算など)もあり得ることを示しています。
| 間接事実 | 貸付金方向に働く | 贈与方向に働く |
|---|---|---|
| 契約書・借用書 | あり(作成時期が資金移動と同時期) | なし(ただし決め手ではない) |
| 返済 | 実績あり(振込記録が残る形) | 一切なし・催促もなし |
| 利息・期限 | 定めあり | なし(ただし無利息・期限なしでも消費貸借は成立し得る) |
| 借主の返済能力・返済意思 | 収入があり返済計画が現実的 | 返済能力がそもそもない(「ある時払い」) |
| 貸主側の扱い | 帳簿・財産債務調書等への計上、催告 | 不記載・回収行為なし |
| 資金の出所・経緯 | 無償で手放すとは考えにくい性格の資金 | 扶養・援助の文脈での交付 |
| 経済的合理性 | 受贈がその人の一貫した行動(相続税対策等)と矛盾する | 贈与する動機が自然にある |
贈与税の除斥期間が経過した資金移動について、当局が「贈与ではなく貸付金」と構成して相続財産(貸付金債権)に取り込んでくる場面では、防御は二段構えになります。
消費貸借の要件事実は「金銭の交付+返還の合意」であり、相続開始時に債権が存在したことの立証責任は課税庁側にあります。借用書なし・利息なし・期限なし・返済なし・催告なし・被相続人側の帳簿等への不記載という事実群は、返還の合意の不存在を推認させる材料になります。
資金移動時に贈与が成立していたこと(意思の合致+履行)を立証します。受贈者側での自由な管理処分、費消の実績、贈与契約書、贈与税申告、贈与する動機の自然さなどが材料です。過去の贈与の成立立証に成功して当局の債権構成が全部取り消された裁決(平成30年8月22日裁決)が現実の成功例です。
注意点。第二防御線で「当時贈与があった」と主張することは、当時申告していなかったことの自認になり得ますが、除斥期間(6年・不正7年)経過後は贈与税の決定処分はできないため、原則として法的な追加負担は生じません。ただし、贈与の時期が生前贈与加算の期間内なら相続税に取り込まれ、除斥期間内なら贈与税の決定があり得ます。「贈与成立」の主張は、贈与の時期が古い場合にのみ完全な防御になるという時期依存の構造を踏まえて使う必要があります。
金銭消費貸借契約書(書面によれば諾成的消費貸借としても成立が明確になります)、振込による返済実績、可能なら利息の設定。この3点が揃えば贈与認定リスクはほぼ消えます。
中途半端が最も危険です。貸付金なら相続財産に入る前提で債権管理し、贈与なら贈与タブの4点セット(契約書・受贈者管理・費消・申告)を揃えます。どちらの証拠も作っておけば、当局がどちらの構成で来ても対抗できます。
いずれの主張も裁決・裁判例で明確に排斥されています。争うなら「返還の合意がそもそもなかった」か「贈与が成立していた」の土俵で争います。
預け金は、4類型の中で最も見落とされやすい類型です。「あげたのでも貸したのでもなく、管理を任せただけ」という関係で、渡した側(被相続人)には返還請求権という金銭債権が残り、それが相続財産になります。税務調査では、贈与税を課税できない古い資金移動を相続財産に取り込む構成として登場します。
金銭を「預ける」行為の民法上の受け皿は、一つではありません。実態に応じて次の3つの構成があり得ます。
| 構成 | 民法 | 内容 | 典型例 |
|---|---|---|---|
| 寄託 | 657条 | 物の保管の委託。平成29年改正(令和2年4月1日施行)で要物契約から諾成契約に変わった | 封をした現金をそのまま保管させる(特定物としての保管) |
| 消費寄託 | 666条 | 受寄者が預かった物を消費でき、同種・同品質・同数量の物を返還する義務を負う | 金銭の預託の原則形。銀行預金契約も消費寄託 |
| 委任・準委任 | 643条・656条 | 金銭の管理・支払など事務処理の委託。受任者は受け取った金銭を委任者に引き渡す義務を負う(646条) | 「この口座から施設代を払っておいて」と通帳ごと任せる財産管理 |
封金のような特殊な場合を除き、金銭の預託は通常消費寄託に当たります。受け取った側は使ってよいが、同じ額を返す義務を負う、という関係です。どの構成をとっても共通する核心は次の点です。
財産の処分権を終局的に相手へ移す意思がないこと。返還(または本人のための費消・清算)が前提であり、渡した側には返還請求権(金銭債権)が残ります。「あげる」(贈与)との違いは処分権の終局的移転の有無、「貸す」(消費貸借)との違いは、利益がどちらのための関係か ― 貸付は借主が資金を利用するため、預託は預けた側の財産保管・管理のため ― にあります。
金銭については「占有あるところに所有あり」が判例法理です(最高裁昭和39年1月24日判決・判例時報365号26頁)。現金を交付した時点で金銭の所有権そのものは受け取った側に移りますが、渡した側には債権(返還請求権)が残る ― これが「預け金=金銭債権として相続財産」という帰結の民法上の基礎です。「現金を渡したからもう自分の財産ではない」とはならず、所有権の移転と債権の残存は両立します。
被相続人が相続人に管理を任せて渡した資金。生活費・施設代の支払用に子へ渡した現金、子名義口座で保管させた資金など。返還請求権(未費消部分)が相続財産に計上されます。
相続人が自分の資金を被相続人(の口座)に預けていた場合。立証できれば、その部分は被相続人の遺産ではなく相続人固有の財産の返還請求の問題になります。ただし「答述しかなく、裏付ける証拠が存在しない」として排斥された裁決があり(平成31年4月19日裁決)、預託の経緯・原資・返還合意の客観証拠が不可欠です。
「生活費に充てるため」「本人のために使うため」と使途を限定して渡した金銭は、(1)使途どおり費消することを内容とする準委任(費消後は清算関係のみが残り、未費消部分に返還請求権)、(2)負担付贈与(民法553条)、のいずれかに整理されるのが通常です。税務上は次の点に注意が必要です。
預け金構成は、当局から見ると使い勝手のよい構成です。贈与の意思の合致を否定しさえすれば、「返還されるべき金銭だった」として相続財産に取り込めるからです。しかし、これに正面から歯止めをかけた公表裁決があります。
当局は、相続人名義口座への入金資金等について「被相続人と相続人の間に贈与その他の債権債務関係は認められないから、被相続人は預け金返還請求権を有していた」と構成し、相続財産に取り込みました。
審判所は、資金の管理・運用の実態から、相続開始の8年以上前の時点で資金の運用から生じた財産は被相続人から相続人に贈与されていたと認定し、「預け金返還請求権の存在はおろか、発生していたとすらいえない」として更正処分を全部取り消しました。贈与税の除斥期間は経過済みであり、結果として課税の途はなくなりました。
過去の贈与の成立を立証することが、預け金構成への最強の対抗手段になることを示した実例です。
被相続人が子に渡した額面4,500万円の小切手について、当局は「宅地購入のために預けたもの → 返還請求権が相続財産」と預け金構成を主張しました。審判所は、宅地取得の話が既に流れていた時期の交付であること、子が自分名義の定期預金を設定して自由に処分していること、使者への被相続人の言付け(「子の不動産取得資金として交付するように」)などから贈与と認定し、相続財産から除外しました。
現金・小切手の手渡しでも、「終局的に与える意思か、預けただけか」は間接事実の勝負で決まることを示す代表例です。
| 場面 | 当局側の主張 | 納税者側の対抗材料 |
|---|---|---|
| 被相続人が生前に渡した資金を相続財産に取り込みたい | 贈与の意思の合致がない・受諾がない → 預け金(返還請求権) | 贈与成立の間接事実(受け取った側の自由な管理処分・費消の実績、渡した趣旨の言付け・メモ、贈与の動機の自然さ)。平成30年8月22日裁決・平成6年6月30日裁決が先例 |
| 納税者側が「預け金だった」と主張したい場面もある | ― | (1)相続人が被相続人に預けていた自己資金を遺産から除きたい場面、(2)受贈者への贈与税課税(不正認定7年)リスクを避けつつ相続財産として清算したい場面。いずれも預託の経緯・原資・返還合意の客観証拠が必要(答述だけでは通らない=平成31年4月19日裁決) |
被相続人のための管理資金は、受任者個人の生活口座に混ぜず、専用口座で管理し、入出金の使途をメモで残します。混在した瞬間に、贈与・預け金・名義預金の三つ巴の争いの種になります。
生前に渡された生活費・施設代のうち相続開始時に未費消の部分は、預け金(返還請求権)として相続財産に計上するのが原則です。ここを落とすと調査で指摘される典型論点になります。
「あげたつもり」でも証拠がなければ、当局は預け金構成を選べます。贈与契約書・受け取った側の自由な処分の実績・(基礎控除超なら)贈与税申告が、預け金構成を封じる材料になります。
名義預金は、民法にも税法にも定義のない実務用語です。法的な正体は「預金債権(財産)が誰に帰属するか」という帰属認定の問題であり、贈与・貸付金・預け金のような「契約が成立した場合」の類型ではなく、契約が何も成立していなかった場合の帰結です。名義は他人でも財産は被相続人のまま ― だから相続財産になり、贈与税の除斥期間も生前贈与加算の期間も関係ありません。
「名義と実質がずれたとき、財産は誰のものか」という問いには、民事の確立した判例があります。
相続税実務の名義預金判定は、この民事判例法理を課税の場面に投影したものです。遺産分割や遺産確認訴訟(民事)と相続税調査(課税)とで判定枠組みはほぼ共通するため、民事判例の理解はそのまま税務での主張構成に使えます。
被相続人以外の者の名義である財産が相続開始時において被相続人に帰属するものであったか否かは、(1)財産または購入原資の出捐者、(2)財産の管理・運用の状況、(3)財産から生ずる利益の帰属者、(4)被相続人と名義人・管理運用者との関係、(5)名義人がその名義を有することになった経緯等を総合考慮して判断する ― 国税不服審判所の公表裁決も参考判決として引用する、実務の標準規範です。
| 判定要素 | 実際に評価される具体的な事実 |
|---|---|
| 原資の出捐者 | 口座設定当時の名義人・出捐者たり得る者の収入と資産状況。退職金・不動産売却代金・満期保険金など特定資金の流れ(資金トレース) |
| 管理・運用の状況 | 通帳・証書・印章・キャッシュカードの保管者。届出印が被相続人の他の口座と同一か。印鑑届・申込書の筆跡。住所変更や窓口手続を誰が行ったか |
| 利益の享受者 | 利息・配当を誰が受け取り、誰のものとして処理していたか。口座から被相続人の公租公課が引き落とされていないか |
| 当事者の関係 | 被相続人と名義人・管理者の関係(同居・扶養・経理担当など) |
| 名義取得の経緯 | 非課税枠の利用、預金保険の分散、贈与の外形の作出など、名義を分けた理由 |
妻・子名義の預貯金等について、「単に名義人が誰であるかという形式的事実のみにより判断するのではなく、原資の出捐者、管理・運用の状況、贈与の事実の有無等を総合的に勘案して判断するのが相当」という枠組みを示し、原資が被相続人の出捐で管理も被相続人だったものを相続財産と認定しました。
あわせて、「家庭生活を妻に委任し、その費用を妻に渡すことや預貯金の管理運用を任せることはあり得ることであり、その事実をもって任された妻の財産になるわけでもない」として、専業主婦の「ヘソクリ」は当然には妻の財産にならないことを明言しています。一方で、原資不明かつ印鑑届の筆跡が妻本人の普通預金1口については「相続財産と認めるに足る証拠が存しない」として課税庁の認定を取り消しており、立証が尽きなければ課税できないことも同時に示しました。
当局が家族名義預貯金を相続財産と主張した事案で、審判所は、当局が使用印鑑・保管場所などの管理状況について何ら具体的に主張立証を行わず、出捐についても具体的な立証をしていないこと、審判所の調査でも印鑑届の筆跡・印影から各名義人が管理・運用していたと推認され出捐者を特定できなかったことから、帰属が明らかでない以上相続財産とは認められないとして、更正処分・重加算税賦課決定を全部取り消しました。
「名義が家族だから直ちに相続財産でない」のと同様に、「原資が被相続人らしいから直ちに相続財産」でもない ― 帰属不明なら課税要件事実の立証がないことになる、という防御の型を示しています。
贈与タブで詳述した事案です。同じ贈与証・同じ入金パターンでも、法定代理人(親権者)の受諾が認定できた未成年の子の口座は当初から子の財産(相続財産に含まれない)、受諾のなかった成人の子の口座は名義預金(被相続人の相続財産)と、正反対の結論になりました。名義預金かどうかは、突き詰めれば「贈与が成立していたか」の裏返しであることを端的に示しています。
なお審判所はこの裁決で、「親が子に伝えないまま子名義の口座を開設し金員を積み立てる事例が少なからず見受けられる」ことを経験則として明示しました。子名義口座への入金が当然に贈与とならないことは、審判所の判断の前提になっています。
そのほか、原資が名義人側の口座・名義人の満期保険金から出ているものについて相続財産該当性を否定した例(平成28年11月8日裁決)、「自分の金を被相続人に預けていた」という納税者の主張を答述以外の裏付けがないとして排斥した例(平成31年4月19日裁決)などがあります。どちらの側にとっても、勝敗を分けるのは客観証拠の有無です。
名義預金の申告漏れに対する加算税は、原則として過少申告加算税(国税通則法65条)です。重加算税(同68条)を課すには、隠蔽・仮装の積極的行為か、「当初から過少申告を意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動」(最高裁平成7年4月28日判決・民集49巻4号1193頁の基準)が必要で、家族名義の預金が存在すること自体は直ちに仮装隠蔽ではありません。調査の初期に口座の存在を答えなかった事案でも、「確定的な意図、態勢の下に計画的に申告しなかったとまではいえない」として重加算税の賦課決定が取り消された裁決があります(平成28年4月25日裁決)。名義預金の指摘を受けて修正申告する場面でも、重加算税の要件は独立に争う余地があります。
家族名義の口座に入金するだけでは、贈与にはなりません。双方署名の契約書、受贈者自身による通帳・印鑑の管理と改印、受贈者による費消・運用、(基礎控除超なら)贈与税申告。この4点が揃っていれば、名義預金の指摘はほぼ成立しません。
相続税申告の際は、家族名義の口座について原資・管理・認識を確認し、名義預金に当たるものは相続財産に計上します。当局は金融機関照会で家族口座の入出金まで把握している前提で判断します。
出捐(原資が名義人側にもあり得ること)、管理(名義人自身の筆跡・印鑑・保管)、認識(口座の存在を知り自由に処分できたこと)、贈与の成立(受諾の事実)。立証責任は課税庁側にあることを踏まえ、帰属不明に持ち込めれば課税は成立しません。あわせて重加算税の要件充足は別途争います。